東京高等裁判所 昭和39年(ラ)533号 決定 1965年2月23日
第五四三号事件抗告人第五三三号事件相手方 大木美子(仮名)
第五三三号事件抗告人第五四三号事件相手方 大木正男(仮名)
主文
原審判を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
第五三三号事件抗告代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書(一)記載のとおり主張し、第五四三号事件抗告人は、別紙抗告理由書(二)記載のとおり主張した。
一、第五三三号事件抗告人(原審相手方、以下たんに相手方という。)の抗告理由書(一)の三の(イ)および第五四三号事件抗告人(原審申立人、以下たんに申立人という。)の抗告理由について、
本件記録によると、相手方が抗告理由書(一)の二に指摘している諸事実を認めることができる。原審判は、右と同旨の事実を認定したうえ、「相手方と申立人との本件別居には明白な正当な理由が見出し難いが、別居中の子の養育費もまた婚姻費用の一部とみられることその他一切の事情を考慮すれば、相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として少くとも月額三万〇、〇〇〇円の生活費を負担するのが相当である」と判断して、相手方にその支払を命じたものであつて、月額三万〇、〇〇〇円の右生活費は別居中の未成年の二人の子の養育費のみで申立人の生活費を除外しているのか、それとも双方を含む趣旨であるかは必ずしも明白でない。もし前者であるとすれば、本件に顕れた事情からみて、その額は高額に失するきらいがあるし、さればといつて、本件記録によれば、原審は充分な審理を尽していないので、右養育費がいくばくをもつて相当とするかについての資料をみいだすことができない。また、原審判が、二人の子の養育費のほか申立人の生活費をも含めてその支払を命じた趣旨であると解すると、原審判は上記のとおり、本件別居には正当な事由が見出し難いと判示しているのであるから、正当の理由なく別居している申立人に対し、相手方に申立人自身の生活費の負担を命じたこととなり、原審判は失当たるを免れない。
殊に、申立人は相手方から虐待をうけたと主張し、審問に際してはその旨供述しているのであつて、それが真実なら、申立人の別居は、多くの場合正当な理由にもとづくものというべきであるのに、原審ではこの点についてなんらの判断を示していない。さらに、本件記録中の医務室技官坂本哲彦の家事審判官に対する報告書によると、申立人には思考力、綜合的客観的判断力の低下、感情の抑制欠如等の人格面の障碍があり、広義の神経衰弱状態にあるとされるのであり、現に申立人は相手方に対し顕著な憎悪の感情を抱き、相手方を誇大に非難していることが認められるのであつて、このような人格面の障碍がおもな原因となつて、申立人は相手方との同居を拒んでいるものとも思われる。そうだとすると、申立人は悪意をもつて相手方を遺棄したものと認めるのは困難であつて、他に特別の事情とみとめられない以上は、本件別居について正当な理由がないと断定するのは相当でなく、申立人と相手方との婚姻関係が継続している限り、相手方は、なお、申立人に対し扶助義務を免れないものというべきである。いづれにしても、原審判は、審理を尽さなかつた結果、理由を備えない違法をおかしたものといわなければならない。
二、よつて本件抗告は、その余の抗告理由について判断するまでもなく、理由があるから、家事審判規則一九条第一項に従い、原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 三淵乾太郎 裁判官 伊藤顕信 裁判官 野崎幸雄)
抗告理由 省略
参考
原審(東京家裁 昭三九(家)八八二二号 昭三九・九・二八審判 認容)
申立人 大木美子(仮名)
相手方 大木正男(仮名)
主文
相手方は申立人に対し、(双方が離婚するかまたは同居するに至るまでの間)、昭和三九年九月から毎月金三万〇、〇〇〇円を毎月末日限り申立人住所に送金して支払うこと。
理由
審理の結果次の事実を認めることができる。
申立人と相手方は昭和二一年一月九日結婚し、昭和二二年一〇月五日長男実男を、昭和二七年二月一三日長女明子をもうけた。ところが申立人らの結婚は旧法時であつたから結婚により夫である相手方の氏小山姓を称することになつたが、申立人はこのことにかねがね不満をもち、新法に則つて申立人の結婚前の氏であつた大木姓に変えるために相手方に無断で昭和三四年一二月一二日協議離婚届出をなし、同月一四日妻の氏を称する婚姻届出をなした。しかし、相手方は右離婚無効の調停を申立てるにいたつたことなどから、夫婦間は次第に円満を欠くにいたつた。昭和三六年三月相手方は勤務先の○○銀行門司支店から同行本店(東京)に転勤になつたが、申立人はその頃転勤するなら双方の郷里に近い金沢支店を希望していたのに、相手方がむしろ銀行に対し金沢以外なら何処でもよいという意向を述べていたということを聞いて憤慨し、昭和三六年三月相手方の東京転勤を機に二人の子供を連れて、郷里の現住所実姉田村成子方に移り住み、以来相手方と別居生活を続けるにいたつた。
現在長男実男は石川県立○○高等学校(二年生)に、長女明子は小松市立○○中学校(一年生)に通学し、申立人と共に生活している。
申立人および二人の子供は、相手方から月々仕送りのある金二万五、〇〇〇円では十分でないので、金二〇〇万円程の預金を有している申立人の実姉田村成子から月々若干の援助を受けているが、他には特段の恒常的な収入がない。
相手方は現在○○銀行本店の検査部主査として本俸金七万六、八〇〇円、手取り約金六万五、〇〇〇円ないし金七万〇、〇〇〇円を得、同行単身寮で生活している。
ところで右のごとく本件別居には明白な正当理由が見出し難いのであるが、別居中の子の養育費もまた婚姻費用の一部とみられることその他一切の事情を考慮すれば、相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として少くとも月額金三万〇、〇〇〇円の生活費を負担するのが相当であると認められる。
よつて主文のとおり審判する。